芝 からだ・ぶんかラボ

侠客(壱) ~論語から学ぶ~


2019年2月19日

昨今、世の中が便利になりすぎて物質的なことだけに重点を置く人たちをよく見るようになります。
人間が本来持っている、人対人、良心と良心の触れ合い等の精神的なものへの価値が軽んじられているのではないかと思われます。

論語には、現代社会で人間関係をよりよくする為の手掛かりになる要素が十分備わっており、また約二千年以上前の書物でありながら現在でも応用が効き、通用するということは、今も昔も“人間の本質”はあまり変わっていない証と言えるでしょう。

論語の有名な件(くだり)に「子曰く、故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、以って師と為るべし。」というのがあります。
いわゆる温故知新のことで、自分自身が過去に経験していなくても先人たちの良い知恵を取り入れて活用することで一角の人物になれると言うことです。

また、孔子は「子曰く、疏食(そし)を飯(く)い水を飲み、肱(ひじ)を曲げて之を枕とす。楽しみも亦(また)其(そ)の中に在り。不義にして富み且つ貴(たっと)きは、我れに於て浮雲(ふうん)の如とし。」とも言っています。
粗末な食事をして水を飲み、肘を枕にして寝る。そんな質素な暮らしの中にも十分な楽しみがあり、人の道から外れたことをして、金持ちになったり、高い身分を得る様なことは、私にとって何ら関係なく、気にも留めないということです。

さらには「子曰く、巧言令色、鮮(すくな)し仁(じん)」これは口先だけの人や外見ばかりにこだわるような人は、仁に欠けるという意味です。

これらを現代風に説明しますと、「根拠のないことを人にペラペラと話して、気を引いて見たり、高価なものを身に着けて自慢するような者は、人に対して思いやりがない。」ということです。また「新しいことが全て良いとは限らず、欲に溺れず足りることを知り、人を気遣う思いやりを持ち、そしてお金や物だけに頼り過ぎず、心と心の助け合いが人間本来の道理であり、孔子の教えであります。

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